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東京地方裁判所 昭和61年(ヨ)2246号 決定

当事者

別紙当事者目録記載のとおり

主文

被申請人は申請人に対し、二二四万七、〇〇〇円及び昭和六一年一一月以降本案事件の第一審判決言渡に至るまで毎月二五日限り三二万一、〇〇〇円を仮に支払え。

申請人のその余の申請をいずれも却下する。

申請費用は被申請人の負担とする。

理由

一  当事者の求めた裁判

申請人は、「申請人が、被申請人に対し労働契約上の権利を有する地位を仮に定める。被申請人は申請人に対し、一九八万六、〇〇〇円及び昭和六一年一〇月から本案事件の判決確定に至るまで毎月二五日限り三三万一、〇〇〇円を仮に支払え。」との裁判を求め、被申請人は「申請人の申請をいずれも却下する。」との裁判を求めた。

二  当事者関係

本件疎明資料によれば次の事実を一応認めることができる。

1  被申請人は、昭和四九年八月二一日に設立され、現在資本金九八億八、〇〇〇万円、従業員約二八〇名を擁し、化学品、石油化学製品等の輸入・販売等を主たる目的とする株式会社であり、アメリカ合衆国にあるザ・ダウ・ケミカル・カンパニーのいわゆる子会社であって、外資系の会社である。

なお、被申請人は肩書地に本社を置き、名古屋・大阪に営業所、御殿場に研究所を設置している。

2  申請人は、昭和四九年四月八日、被申請人の前身であるダウ・ケミカル・インターナショナル・リミテッド東京支店に従業員として採用され、以後、被申請人が設立したのちも引き続いて勤務していた者である。

被申請人は申請人に対し、昭和四九年三月から同年一〇月までの間は総務部所属レセプショニスト、テレフォン・オペレーターとしての職務を、同四九年一一月から同五〇年一二月までの間は物流管理部所属シッピング・クラークとしての職務を、同五一年一月から同五五年八月までの間は同部所属インポート・クラークとしての職務を命じており、同五五年九月にはその職級をエクゼンプトに格付けたうえ、同部所属のスペシャリスト・エクスポートとしての職務を同六〇年八月まで命じていたが、同六〇年九月一七日人事部に所属替えした。

三  被保全権利の存在

1  懲戒解雇の存在

被申請人は申請人に対し、昭和六一年三月三一日、就業規則二三条イ号(従業員が、次の各号の一つに該当する行為をしたときは、その情状に応じ、懲戒解雇される。イ、本規則六条に定める従業員の遵守事項に違反し、会社秩序ないし会社信用の維持に重大な影響を与えたとき。同規則六条は従業員は次の事項を遵守しなければならないとして、そのニ号には、業務上の指示命令には、正当な理由がない限り従うことと定めている。)に基づき懲戒解雇する旨の意思表示をした(以下「本件懲戒解雇」という。)こと、該解雇事由は、被申請人が申請人に対し、同月七日、同日付をもって衣浦工場管理部門(経理・総務)において秘書として勤務し、同月二四日までに赴任すべき旨の配置転換命令(以下、「本件配転命令」という。)を発したにもかかわらず、申請人はこれに従わなかったことによるものであることは当事者間に争いがない。

2  本件懲戒解雇の効力

申請人は、要旨次の三点を理由に本件懲戒解雇は無効であると主張する。すなわち、〈1〉本件配転命令は法的には出向命令であるところ、就業規則にはその根拠がなく、したがって、被申請人には申請人の同意なくして本件配転命令を発する権限はないから、本件配転命令はその根拠なくしてなされた無効なものであり、これを前規としてなされた本件懲戒解雇は無効である。〈2〉本件配転命令は業務上の必要性なくしてなされたものであるから無効であり、したがって、これを前提としてなされた本件懲戒解雇は無効である。〈3〉本件懲戒解雇はその懲戒権を濫用してなされたものであるから無効である。というのである。

そこで、先ず右〈1〉の点について検討する。

本件疎明資料によれば、ダウ化工株式会社(以下「ダウ化工」という。)は、昭和五七年五月二五日、資本金二三億円をもって設立された株式会社であり、営業目的はスチレン系合成樹脂製品及びその加工品又は副産品の製造並びに販売等であり、被申請人とは別個独立に東京本社のほかに大阪、札幌、名古屋、福岡に各営業所を有し、本件配転対象となった衣浦工場は札幌、笠岡各工場とともにダウ化工に属し、従業員は約三〇〇名で、組織的にも被申請人とは別個の体系を有すること、しかしながら、資本関係についてみると、被申請人と同様ザ・ダウ・ケミカル・カンパニーの一〇〇パーセント出資にかかるいわゆる子会社であること、ダウ化工と被申請人との役員構成をみると、ダウ化工の代表取締役澤克也が被申請人の取締役を、被申請人の代表取締役イー・ダブリュー・ロジャースがダウ化工の取締役をそれぞれ兼ねているほか、その他の役員のうち半数がそれぞれ両者を兼ねていること、衣浦工場は、昭和五六年四月一日、被申請人の工場として開設されたが、同五七年一二月二〇日、被申請人とダウ化工との間における財務政策上等の便宜的措置として同工場を営業譲渡の形式により被申請人からダウ化工に移管する手続がとられたこと、ダウ化工は、その従業員をもって組織するダウ化工労働組合との間に独自の労働協約を締結し、また独自の就業規則を定めていること(もっとも、同規則一一二条で衣浦工場に関しては被申請人の就業規則を準用することとしている。)、しかし、衣浦工場の従業員は、ダウ化工の他の工場との従業員と異なり、賃金・給与の体系のすべてにおいて被申請人の処遇体系を適用し、いわゆる社会保険においても被申請人の従業員として取扱われているほか、従業員の教育訓練、人事異動計画、人事考課、昇進昇格、退職規程等のすべての取扱いにおいて被申請人の一部門として処理・処遇されていること、以上の事実を一応認めることができ、以上の認定を左右するに足りる疎明はない。

右認定事実によると、被申請人とダウ化工とはいずれも親会社ザ・ダウ・ケミカル・カンパニーの資本系列に属するいわゆる子会社であって、被申請人とダウ化工とはその役員構成においても半数以上が両者を兼ねており、特に衣浦工場は、賃金・給与の体系において被申請人の処遇体系を適用しており、社会保険においても被申請人の従業員として取扱われているほか、従業員の教育訓練、人事異動計画、人事考課、昇進昇格、退職規程等についても被申請人の一部門として処理・処遇されているというのである。

右のような観点から被申請人は衣浦工場は実質的には被申請人に属しており、したがって本件配転命令は名実共に配転命令であって申請人の主張する如き出向命令ではないと反論しているのである。

しかしながら、衣浦工場は被申請人とは別会社であるダウ化工に属する工場であるばかりか、両者はその営業目的を異にし、ダウ化工は、その従業員をもって組織されたダウ化工労働組合との間に独自の労働協約を締結し(衣浦工場の従業員がこの協約の適用を受けないとの疎明はない)、また就業規則についても、衣浦工場については被申請人の就業規則が準用されてはいるものの、独自の就業規則を定めているというのである。

右の事実によれば、賃金・給与体系において被申請人の処遇体系を適用し、社会保険においても被申請人の従業員として取扱われ、従業員の教育訓練、人事異動計画、人事考課、昇進昇格、退職規程等についても被申請人の一部門として処理・処遇されているというのは、衣浦工場が従前被申請人の工場であったという経緯、被申請人とダウ化工とは同一資本系列に属する子会社であることなどによるものであって、衣浦工場の従業員に対する人事権が一部依然として被申請人に残存されているということはいえるにしても、このことから衣浦工場がダウ化工に属する工場であることを否定することにはならないというべきである。そして、前記認定事実によると、衣浦工場に属する従業員に対する賃金支払義務者はダウ化工が負担し、同従業員に対する日常の個別的・具体的な労務指揮はダウ化工に属することを推認することができる。

してみると、本件配転命令は、被申請人から別会社であるダウ化工に勤務変更を命じるものであって、実質的には申請人が主張する如く出向命令であるといわなければならない。

ところで、使用者が従業員に対して出向を命ずるには当該従業員の承諾その他これを法律上正当付ける特段の根拠が必要であると解すべきところ、被申請人の就業規則である疎乙第三号証には出向に関しては何らの定めもしておらず、また申請人の陳述書である疎甲第四号証によれば、被申請人の従業員で衣浦工場に勤務変更となった者はいるが、これは採用に際して同工場で勤務することが条件となっていたり、あるいは本人の同意を得た上でのことであって、被申請人の女子従業員で衣浦工場に勤務変更となった先例はなく、申請人が初めてであること、本件配転命令書である疎乙第三二号証によると、本件配転命令の内容は「本日付をもって、衣浦工場・管理部門(経理・総務)において、秘書として勤務することを命じます。遅くとも、本日二四日迄に上記勤務場所に赴任することを命じます。」と記載されているのみで、その他の労働条件については何らの記載がなく、また、本件疎明資料によれば、被申請人から申請人に対し、これら労働条件について書面または口頭によって何らの説明もされていないこと、以上の事実を一応認めることができ、この認定を左右するに足りる疎明はない。そして、本件全疎明資料によっても、本件配転命令を他に法律上根拠付ける事実を見出すこともできない。

してみると、本件配転命令はその根拠なくしてなされたものである点において、また、その権利を濫用してなされたものである点においても無効であるというべきであり、これを前提としてなされた本件懲戒解雇は無効というべきである。

したがって、申請人は被申請人の従業員としての地位を依然として有しているものである。

四  保全の必要性

本件疎明資料によれば、申請人は被申請人からの賃金を唯一の資とする労働者であり、現住居に妹と二人で共同生活をしているものの、妹の手取り給料は一か月約一三万円であり、家賃が一か月七万五、〇〇〇円、保険料等が一か月約五万六、〇〇〇円、食費が一か月約七万円を要し、貯金はないことを一応認めることができ、この認定に反する疎明はない。

右認定事実によると、申請人には、その賃金債権金額につき保全の必要性が存するものというべきところ、本件疎明資料によれば、申請人の賃金は一か月三二万一、〇〇〇円(申請人の主張する三三万一、〇〇〇円は通勤実費一万円を含めているものと思われる。)で毎月二五日にこれの支給がなされることを認めることができ、この認定に反する疎明はない。そして、その保全の必要性の期間は、本件疎明資料によれば、本件懲戒解雇のあった日の翌月から本案第一審判決言渡までと一応認められる。

なお、申請人は、従業員としての地位保全の仮処分をも求めているが、申請人には賃金債権のほかに地位保全まで認める特段の必要性は認められない。

五  よって、本件申請は主文第一項の限度で理由があるから、事案の性質上保証を立てさせないでこれを認容し、その余はその必要性がないからこれを却下することとし、申請費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 林豊)

当事者目録

申請人 江口幸子

右訴訟代理人弁護士 秋山信彦

同 今野久子

同 志村新

同 橋本佳子

同 前田茂

同 小島成一

同 渡辺正雄

同 上篠貞夫

同 坂本修

同 高橋融

同 西村昭

同 小林亮淳

同 永盛敦郎

同 山本眞一

同 柳沢尚武

同 岡田和樹

同 小木和男

同 牛久保秀樹

同 井上幸夫

同 小部正治

同 金井克仁

同 小林醸二

同 上野廣元

被申請人 ダウ・ケミカル日本株式会社

右代表者代表取締役 イー・ダブリュー・ロジャース

右訴訟代理人弁護士 高橋勲

同 中村勲

同 坂井豊

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